関東バス
昭和37年からワンマン運行開始のため前中扉の2ドアの車両を導入。翌年から車内の流動性と降車客の巻き込み防止を考え前後扉に変更。
昭和39年には国内初となる3扉車として日産ディーゼル4R93と三菱MR470を各20両、合計40両(全て富士重工業製ボディ)を武蔵野営業所に一挙に導入。
路線バス車両としては、日産ディーゼル車の他に、日産自動車(昭和42年まで)、三菱(昭和43年まで)、日野(昭和43年まで)、いすゞ(昭和39年まで)、トヨタ(昭和37年まで)を導入した。
昭和44年以降は昭和46年にいすゞ4両を導入した以外は、日産ディーゼルのみの導入となり、昭和53年度まで続いた。
昭和54年と55年には三菱車を、昭和54年と62年・平成6年に日野車を導入、平成7年度以降はいすゞも含めて導入されるようになり、現在に至る。
日野
1200代

社番1230(丸山営業所) 練馬2う・174
日野RB10(富士)昭和40年4月製
日野RB10(富士)昭和40年4月製
昭和39年に17両導入されたRB10は前後扉の2ドア車で、
3ドアの日野車はこの昭和40年4月製の9両が初となった。

社番1254(丸山営業所) 練馬2う1715
日野RE100(富士)昭和43年8月製
日野RE100(富士)昭和43年8月製
導入当初はオーバルライトと呼ばれる小判型の2灯式
三菱
2000代

社番2019(武蔵野営業所) 多2い1463
三菱MR470(富士)昭和39年11月製
三菱MR470(富士)昭和39年11月製
昭和39年に20両導入された関東バス最初の3扉車のMR470。
同時に日産ディーゼルの4R93も20両導入された。
昭和40年に更に14両のMR470が武蔵野営業所に増備された。

社番2057(青梅街道営業所) 練馬2う1710
三菱MR470(富士)昭和43年8月製
三菱MR470(富士)昭和43年8月製
青梅街道営業所には昭和41年に6両、43年に3両が導入された。
日産ディーゼル
3000代

社番3097(阿佐谷営業所) 練馬2う1412
日産ディーゼル4R94(富士)昭和43年4月製
日産ディーゼル4R94(富士)昭和43年4月製
昭和39年から導入された4R93の後継車種。
4R93は30両、4R94は61両導入、合計91両の大勢力。

社番3088(阿佐谷営業所) 練馬2う1399
日産ディーゼル4R94(富士)昭和43年4月製
日産ディーゼル4R94(富士)昭和43年4月製
4R93は武蔵野と丸山に、4R94は阿佐谷と丸山営業所に導入。
3扉車は昭和43年度までツーマン運行可能な車掌台つきで導入。
5000代

社番5002(五日市街道営業所) 練馬2う1930
日産ディーゼル4R82(富士)昭和44年4月製
日産ディーゼル4R82(富士)昭和44年4月製
ホイルベース4.3mの4R82は昭和44年に33両全てが、
狭隘路線の多い五日市街道営業所に導入された。
6000代

社番6002(武蔵野営業所) 多摩22か・・32
日産ディーゼルPR95(富士)昭和45年6月製
日産ディーゼルPR95(富士)昭和45年6月製
ワンマン化100%達成の昭和45年度導入車。
3扉車では初の車掌台なし車両。
日産ディーゼルの新ラインナップの4サイクル車。

社番6004(武蔵野営業所) 多摩22か・・・3
日産ディーゼルPR95(北村)昭和45年5月製
日産ディーゼルPR95(北村)昭和45年5月製
富士重工業ボディだけでなく、半数は北村製作所製。
晩年は狭隘路がある保谷線や花小金井線を中心に使用された。

社番6004(武蔵野営業所) 多摩22か・・・3
日産ディーゼルPR95(北村)昭和45年5月製
日産ディーゼルPR95(北村)昭和45年5月製
PR95は6両すべてが武蔵野営業所に導入された。
昭和54年に廃車されたが、エンジンは走行距離数が多かった
青梅街道営業所の昭和48年式の8000代に載せ替えられた。
8000代

社番8002(青梅街道営業所) 練馬22か・408
日産ディーゼルPR105(富士)昭和46年6月製
日産ディーゼルPR105(富士)昭和46年6月製
昭和46年からはPR95より全長の長いPR105を導入開始。